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「音質」について

オーディオにステレオレコードが現れて半世紀が過ぎ、コンパクトディスクが出来て20年以上が過ぎました。
この先音楽メディアはデータ配信によるCD規格を大きく上回る大容量のものに移行するのかもしれません。

しかし「音質」そのものの客観的な評価は今も定まりません。

メディアの変化よりも生活の中での音楽のあり方に地方格差があることが問題だと思うようになりました。
演奏会に行きたくても地元に演奏家が来てくれない事情は逆に自分好みの「音色」のオーディオ機器収集に走る傾向を感じます。
良い「音質」は自分好みの「音色」を意味するようです。

また良心的なショップの不在も「音質」を販売の都合にしているようです。収集癖から販売店になったような方は機器の「音色」の膨大な蓄積を元に「音質」を語る傾向が強いように感じます。
演奏とは無縁の軸でベストセラーで利幅のある品を薦めて経営の安定を計られているように思うことさえあります。
お客さんに薦めた「音色」を結果的に良い「音質」とされると「音質」という言葉の味合いが怪しくなります。

さらにオーディオに興味を抱いた方が参考にする評論家のテキストが謎解きとしか言いようのない言い回しのために「音質」や「音色」の意味さえ変容させている可能性まで読み取らないと機器の「音質」が掴めません。

オーディオ雑誌と広告主に配慮しながら良い製品を知らせる術を考える方より御用学者のような方が重用される現実は世の中そのものです。

演奏会の地方格差やオーディオショップや評論家の都合を超えて音楽を「音色」ではなくリスナーの部屋で演奏空間の再現を楽しめる「音質」であることが必要です。
オーディオは音楽を楽しめる環境を「音色」ではなく演奏空間として提供できることが使命だとやはり思うのです。
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