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杞憂

梅雨だと言うのに、京都の夏は蒸し風呂といわれるようにとても蒸し暑い一日です。

かたちの無い芸術作品が存在しないように音色はオーディオから切り離せません。しかしかたちあるものが芸術ではないように音色を持ってしてオーディオであると考えるのは無明です。
いまだに同軸なら良い音がするとかオリジナル箱なら値打ちがあると聞くと音色だけで満足したい方々が多いのだと感じます。
音色は聞き手の好みが尺度なので顔つきや料理と同じで他者が口出しすると口論になることはあっても同調はしてもらえません。

グラウンドコントロールによる音質の自然化は音色の変化ではないために、音色の追求こそがオーディオだと思っている方には自然化の意味さえ伝わりません。

オーディオは音色を楽しむ道具ではなく、演奏空間の再現の道具です。
どんな美味しい料理さえも続けて食べると飽きてしまように音色をオーディオに求めるとやがて違う音色の機器に替えたくなります。
演奏空間の再現というオーディオに課せられた使命を果たすならより多くの音源に興味が移るはずです。
ハードからソフトへの移行はオーディオ市場の停滞を招く恐れがありますが、音色ビジネスで買い替え需要を開拓するばかりではオーディオそのものがやがて人々の熱を奪ってしまうのではないかと恐れています。

こんな暑い日に人々の熱の話は杞憂どころか端から合わないか。
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