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〈現代アンプ私論⑤〉 「性差から見たオーディオ」

「音」の再生規格が、高規格、低歪みになっても左右のグラウンドが共通である以上グラウンド干渉歪が付きまとうために違和感は拭うことはできません。
グラウンド干渉を抱えている「音」が聴こえてしまうと「音」の分析に終始してしまいます。
再生される音がそっくりであればあるほど違和感を感じることになるのです。

人は人とすれ違っても日常のことであれば特に何も感じませんが、全く動かない人を見ると立ち止まって見てしまいます。
細部までそっくりにできた蝋人形やパフォーマンスで作り物のように動かずにいる人がいると近寄って観察してしまうのとおなじ働きが不自然さへの対処行動として起きるのです。

特に男性は他の男より優れていることを示す傾向が生来強いため「音」の解析が必要な場面に遭遇するとより微細な部分まで解析できることを誇ろうとします。
雄は雌を得るために他の雄より立派であることを示すパフォーマンスをするものですし、男は権威のある側に認められようとする社会的心理も働く生き物なので、どんな些細な場面であっても他者より優れていようとしてしまうのです。

女性のオーディオマニアが少ない理由もそのあたりに起因すると考えられます。
彼女達は人の作り物や不自然なものへの関心が薄いため実際の演奏会や生身のアイドルほどには機械やオーディオに関心を持たない傾向が強いように思うのです。
車や家電品など便利ものは男性同様に使いますが、そのもののスペックやパフォーマンスの優劣には男性ほど関心がありません。
自分が使う道具として十分であれば納得できる女性に対して、使いこなせないような潜在的なパフォーマンスに惚れてしまう男性にオーディオは相性の良い相手なのです。

オーディオを「音」の解析力披露の場と捉えてしまうと音楽や自然さは二の次、三の次になってしまい、「音の切れ味が」とか「低域のしまり具合が」などとおおよそ音楽の片隅をつつくような話しに終始してしまいます。
自分の能力を互いに自慢しあうのは雄ばかりのためにオーディオマニアには女性がいないのです。
女性の方が自然、不自然に対する感覚に優れており、理屈と社会的な自分の立ち位置が納得できないと落ち着けない男性と違って物事を総合的に判断できる能力があるのだと思っております。

スペックに関心を持つ男性ゆえの反応なのか、現在放送中の1080pを超える4K、8Kの映像規格が数値通りのパフォーマンスを持っているとの連想から現行のCD規格より数値が上がれば高音質になると思い込んでいるような論調を感じます。
ハイサンプリングによる不可聴帯域の再生の持つ意味は、映像規格に当てはめると、液晶の背面照明に紫外線や赤外線という人の目には見えない不可視帯域の光を加えるようなものです。
超音波が人の耳にどのような影響があるのかは浅学な拙にはわかりませんが、高規格映像機器からは目に悪いものは出ないようになっているはずです。

人生を楽しむための道具を他者に差をつけるために使ってしまう悲しさを抱えているのが男性ではないかと思うと違和感を感じることの無い機器を使って素直に音楽を楽しんでいただければと願ってしまうのです。
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