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〈現代アンプ私論④〉 「一つのグラウンドと二つの耳」

ステレオレコード盤の溝に落とした一本の針から左右二つのスピーカーから別々の音が出ることが驚きの発明だったため、初期の頃にはモノーラルアンプをもう一つ用意して聴くこともあったようです。
モノーラルアンプを二台使いにすると音量調節が二度手間になるために2連ボリュームを用いたステレオアダプターなるのものも商品化されましたが、その頃はレコードの作り手もステレオの本当の意味をつかんでいませんでした。
ステレオにはピンポンをしている音が入っているデモレコードが付いていたように音質より一本の針から左右二つの音が出る不思議さを売りにしていたのです。

オーディオを「音」の増幅機として見れば録音スタジオにある何十チャンネルのミキサー卓を見るまでもなく何チャンネルであってもグラウンドは一つで成立します。

しかし人の耳は「音」そのものを聴くためでなく、左右に二つ備わることで何万年もの間 毎日を生き抜くための捕食活動と危険からの忌避行動を支えてきたのです。

「音」そのものの分析もさることながら、音源との位置関係を一瞬にして空間的につかむために頭の両端に備わり個体の維持活動に携わってきたのです。
左右の目が視差を使って頭の中に三次元空間を構築するように聴覚も空間を三次元的に把握するために進化してきたのです。

動物たちの目は広範囲を見渡せるように頭部の両側に備わり、耳は体の一番高い部分にあって耳介を左右別々に音源方向に向かせられる様に頭の上に備わっています。
彼等は命をつなぐためのセンサーとして目や耳を発達させてきたことがうかがえます。
どれほどの範囲が見えていて、どれほど小さな音を聞き分けているのか知る由もありませんが人とは桁違いの感度を持っているのだと想像します。
人は頭脳を発達させてセンサーからの反射で生きることを止めました。
空間認識をすることで迂回して目的地にたどり着くことや次の行動を考えるようになったのですが、空間をつかむために目は横に左右並ぶ必要があり、左右の指向性をそろえるために耳介を固定する必要があったのです。

一つのグラウンドで左右の信号を担わせた「音」には本来左右別々に流れていなければならないグラウンド信号が混ざって干渉歪みを起こしています。
空間を把握するための耳はどこか違和感を感じてしまいます。
自然界にある音にはグラウンド干渉歪みが無いため無意識に空間認識をしていますが、グラウンド歪みのある再生「音」を聴いてしまうと空間認識を掴むことを放棄して「音」の分析に集中してしまいます。

これは人の脳が未知の体験や不自然さからくる違和感を感じると解析作用が働く仕組みを備えているためです。
空間認識を阻害されたオーディオの音では奥行きが感じられないので平面的に聴こえてしまいます。

一方「音」の解析作用に限らず人の頭脳は考えたり、分析して理解をすることに一種の快感を感じます。
小説や雑誌を読むのはそこからの情報で頭の中に一つの世界を構築する快感があるからです。
さらに同好の士と会話を楽しむ部分があり、自己の努力に対する思い込みもあります。

「音」の解析快感と「音」を介しての人付き合いの道具としてオーディオを楽しみながらも自己陶酔的なブランドやスペックの思い込みが絡まってしまうと以前の拙のようなオーディオマニアになってしまいます。
人は思い込みで幸せを感じるものですが、やはり聴こえてくる「音」に不自然さがあるとどこかうるささを感じてしまい、ある種のあきらめを持ってオーディオと付き合うようになってしまいます。

左右のアースを分離した音は自然の音と同じようにグラウンド干渉歪み無しに左右二つの耳に届くため違和感がありません。
この自然な「音」に触れてからは、好みの「音」云々に明け暮れた日々はオーディオの退潮を手助けしていたように思うのです。

次項では男ばかりのオーディオマニアについて記します。

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