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新しいipodドックスピーカー

音楽は抽象芸術の極みだと思うのでございます。
姿かたちも無く、空間に放たれた楽音は瞬間に消えて無くなる儚いものです。
演奏は聴衆に感動を残しても自らは何の痕跡を残さずに、演奏空間を共有したものだけが楽しめてこそ確かに「そこに」音楽があったことから芸術になったと思うのでございます。

時空間を共有しないと成立しないのが音楽だったのですが、レコード盤の発明により「演奏時間」の再生ができるようになったのです。
演奏会場に行く必要や時間を取られる事なく、聴きたい時に音楽を聴けることが画期的なことだったために演奏空間の共有が音楽であったことが忘れ去られてしまいました。
音楽の再生に人々は感動して、レコード店に新譜が並ぶのを待ったものです。
「演奏時間」の再現ができるようになるとよりリアルな「音色」の再生を求めたのでございます。
アナログレコード盤から音楽と共に聴こえるスクラッチノイズやテープから聴こえるヒスノイズはデジタル化により無くなると「音色」はアナログ時代とは各段に進歩したのですが演奏空間に関しては全く進化しませんでしたな。
演奏空間の無い音楽の不自然さは「音場感」や「臨場感」とされる概念を用いて演奏にはない満足を誘うんですが、幻想の域から出ることはありません。
「音色」に執着するオーディオへユーザーを誘い出すことで業界ビジネスが成立しているわけですが、そろそろ「音色」から「演奏空間」へと前向きに取り組まないと好事家だけの過去のものになるような気がしてくるのでございます。
ディスク盤を購入しての音楽がやがて無くなると「音色」はデータそのものの再生となるような気がします。
そのとき音楽が演奏空間の共有でこそ芸術になり得た歴史をどう捉えるのかが問題になりますな。音は「音色」ですが音楽は空間の共有無しには芸術になり得なかったことを踏まえないと勘違いをしよります。
「音色」の再生に長けたデータ復調に都合の良いデジタルアンプはハイパワー化すると同時にスピーカーのスリム化と低能率化に加えてDSP内蔵によるパワード化を促す結果を招くと思うのです。
最新のiPod再生機器はアナログ時代の大型ラジカセサイズでありながらDSPによる補正能力を得て当時のオーディオ機器であれば二桁違いの高価格のものでさえ追い付くことが不可能なほどの「音色」を再生しています。
この流れに今の「音色」オーディオは呑み込まれてしまうように感じております。
今のオーディオは「音色」という土俵に上がってくるDSPとデジタルハイパワーアンプ一体型スピーカーに太刀打ちできないと思うのでございます。
唯一のオーディオの切り札がデュアルコアD/Aコンバータによるグラウンドの分離とアンプグラウンドの完全分離=グラウンドアイソレーションです。空間再現は共通グラウンドからの脱却こそが鍵なのでございます。
DSPによる「音色」とグラウンドアイソレーションによる空間再現性の優位性を問わなくては雪崩を打ったように今の「音色」オーディオは過去のものになるような気がしております。
音楽が抽象芸術であることを忘れると「音色」の更なる再現になってオーディオは無くなるのではないかと最新のiPodドックスピーカーを聴いて感じたのございます。
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