ミシュラン

2010年も残すところあと一日です。

つたない文章に目を通していただいた方々ありがとうございました。

明日は美味しい年越し蕎麦をいただきに親しくさせてもらっている友人のお店に行こうと思っています。
年末はお店の外にまでお客さんが並ばれるので遠慮しているのですが、わざわざ小マシな蕎麦で我慢しては精神衛生上良くないとします。

その友人が自ら蕎麦打ちするお店が今年「ミシュラン」ガイドブックに載りました。
しかし彼は 「ありがたいことです」とは言うものの心底喜んでいないようです。
彼曰わく「成る程!」のお店も「あんなお店がねえ…」というお店も同じ星数では「ミシュラン」ガイドブックの価値自体?マークがついてしまうのではないかというのが本人の弁です。

味の好みは個人的な嗜好なので他人さまの評価はその人なりの範疇を出ないのですから仕方ないと言うしかありません。

我が身を振り返るとこれまた音色の嗜好に辟易させられているので、ふたりして今年も愚痴を零しながら酒を酌み交わしました。

彼は美味しい蕎麦の実を求めて収穫時期前後には日本全国の蕎麦農家さんを駆け回ります。
不味い実はどのように手を尽くしても良い味にならないと聞けばなるほどと腑に落ちるのですが、美味しい蕎麦の作付けや育成法まで伝授しての息の長いスパンでの努力に頭が下がります。

真空管アンプこそ十年一日ですが、デジタルオーディオ、特にPCオーディオなどは展開が早過ぎてつい新しいものに目を奪われがちです。
素子を使いこなす前に新しい規格と対応する素子が出るので従前通りの使い方の域を出ないように思います。
じっくりと良いものを作る心構えと行動がないと良い蕎麦を提供することが出来ないように、使い捨てのような規格を追うだけでは、前規格を手にした方に「お試しご苦労さん」とばかりの扱いをしているようで、この先これで良いのかと疑問が湧いてしまいます。

規格が向上しても音楽性よりもサウンドが重視され、ステレオオーディオ自体の欠陥に毒されたままでは「音色」の嗜好に走るばかりの方は減らないと感じています。

演奏会の興奮を知る方にグラウンドアイソレーションされたオーディオを聴いていただけたならステレオオーディオの欠陥は聴き取れるのですが、「ミシュラン」の看板だけのお蕎麦屋さんしか知らない方には「ミシュラン」を遥かに超える彼の蕎麦の味がやはりわからないと思ってしまうのです。

「音質」について

オーディオにステレオレコードが現れて半世紀が過ぎ、コンパクトディスクが出来て20年以上が過ぎました。
この先音楽メディアはデータ配信によるCD規格を大きく上回る大容量のものに移行するのかもしれません。

しかし「音質」そのものの客観的な評価は今も定まりません。

メディアの変化よりも生活の中での音楽のあり方に地方格差があることが問題だと思うようになりました。
演奏会に行きたくても地元に演奏家が来てくれない事情は逆に自分好みの「音色」のオーディオ機器収集に走る傾向を感じます。
良い「音質」は自分好みの「音色」を意味するようです。

また良心的なショップの不在も「音質」を販売の都合にしているようです。収集癖から販売店になったような方は機器の「音色」の膨大な蓄積を元に「音質」を語る傾向が強いように感じます。
演奏とは無縁の軸でベストセラーで利幅のある品を薦めて経営の安定を計られているように思うことさえあります。
お客さんに薦めた「音色」を結果的に良い「音質」とされると「音質」という言葉の味合いが怪しくなります。

さらにオーディオに興味を抱いた方が参考にする評論家のテキストが謎解きとしか言いようのない言い回しのために「音質」や「音色」の意味さえ変容させている可能性まで読み取らないと機器の「音質」が掴めません。

オーディオ雑誌と広告主に配慮しながら良い製品を知らせる術を考える方より御用学者のような方が重用される現実は世の中そのものです。

演奏会の地方格差やオーディオショップや評論家の都合を超えて音楽を「音色」ではなくリスナーの部屋で演奏空間の再現を楽しめる「音質」であることが必要です。
オーディオは音楽を楽しめる環境を「音色」ではなく演奏空間として提供できることが使命だとやはり思うのです。

オーディオのキムラさん

学生時代からお世話になっていた当地京都の老舗オーディオショップ「オーディオのキムラ」さんから閉店に伴う感謝セールのハガキが届きました。

1950年創業ですから60年間オーディオ一筋とのことです。
小生は創業25年位にお店に通い始めた計算になります。

まさに「オーディオサロンキムラ」と呼ばれるほどいつも仲間内が集ってはメーカーさんの持ち込みデモ機を聴いたり機器同士の相性を確認したりして遊ばせていただきました。

木村さんは柔和な感じながらオーディオに携わる方特有の頑固なところがあり、反りの合わないお客さんも少なからずいたようですが小生は受け入れていただいたので同じようなオーディオ友達を作ることができました。

自作機にも関心を持っていただいたので当時は組み上げた金田式DCアンプやバッテリー駆動アンプに新井式ともいえる一石アンプを持ち込んでは木村さんも交えて夜更けまで騒がせていただきました。

奥様には多大な迷惑連中であったことと反省しております。

よく騒がさせていただいた頃は月に一度メーカーさんの新製品デモンストレーションがあったように思います。
木曜日がお店の定休日なので水曜日の夕方に行われていたように記憶します。
小生には家人に認められた趣味であり、その時だけは手のかかる子どもから解放された楽しい時間を過ごさせていただきました。

今から思えばとても手の出ない高価なオーディオ機器も聴かせていただいた老舗オーディオショップですが、ハイエンドオーディオには向かわれず手の届く範囲のものを工夫してオーディオを楽しむことを目指されていたように思います。
アイデアで現状をブレイクスルーする術を考えるのはこの頃からの習い性かもしれません。

電磁ノイズとデジタルノイズの影響に気付いたのはその頃でした。
デジタル機器の脚の間に置くだけでとてもデジタルノイズを低減して聴き易く変化する「ミュージカルセラピー」シートを発明したり、RCAプラグのケースの中にパルストランスを仕込んだデジタルケーブルで実用新案を出したのも木村さんの計らいでしたし、テクノクラフトオーディオデザインを立ち上げる相談を最初にしたのも木村さんでした。

そんな思い出のある「オーディオのキムラ」さんがお店を閉められることに人生の時間割を感じてしまいます。

閉められた後は小生のような押しかけオーディオ講釈師から解放されてますます元気になられることを期待して、顔を見せに寄った折には今後もご指導ご鞭撻をいただけるようにお願いしようと思っています。

トップページを書き換えました

トップページを書き換えました。
いろいろな思いからよりわかり易くしたつもりですが、文才に恵まれないことには変化が無いのでわかり辛い処はご容赦下さいませ。

入れ替え前のトップページを再録しておきます。

「これまでのオーディオとは異なる奥行きの再現が出来る製品をグラウンドコントロール技術を用いてハンドメイドで組み上げています。

演奏空間には左右だけでなく奥行きがあります。奥行きが再現されないとステレオ機器特有のオーディオ的な表現を聞くことになります。

 奥行きの再現には、左右チャンネルのアース=グラウンドを完全分離する直流的グラウンドアイソレーションとすることが理想です。あるいはグラウンドノイズやグラウンド干渉を抑制するグラウンドスプリット回路により交流的グラウンドアイソレーション=デュアルラインとすることが最も有効な手法です。 左右ふたつの信号をひとつのアース=グラウンドで
共用するステレオ機器では、グラウンドが左右の音楽信号で干渉を起こしています。
干渉は電気的なストレスのみならず、不自然さを伴うために耳と脳に悪影響を与えうるささを感じさせます。 またオーディオ特有の音色の一因ともなり、左右に置かれたスピー
カー面上に横並びに並んでしまう現象=スクリーンビュー化を引き起こします。

 グラウンドアイソレーションやデュアルラインを施したオーディオ機器はスクリーンビュー的な鳴り方から解放された演奏空間の再現ができます。オーディオ特有の表現から解放されたスピーカーからは奥行きが演奏空間として再現され、音楽を心ゆくまで楽しむことができます。

 テクノクラフトオーディオデザインのオーディオ機器を是非お聴きください。
 あなたのオーディオ常識が音楽とは無縁の「オーディオ」であったことを実感されるでしょう。」

ノスタルジー

12月になりました。

寒さが身に染むようになりました。
気温は平年並みの寒さより寒くなるようです。
聞けば平年とは最近の1、2年との比較ではなく少し前の基準を元にしているために真冬日がここ1、2年の3倍ほどあった頃との比較らしいのでとても寒い冬になるそうです。

オーディオから音楽どころか楽器の音さえ出ないと作り手が諦めているのではと感じることがあります。
作り手側の「美音」を確かに具現化しているようなのですが、その音色はノスタルジックというよりグラウンドノイズに目を向けていないために平面的でフォルテッシモになるとうるさく聴こえます。

音色は個人の好みですし必ずあるのがヒトですので否定しませんが、演奏家も楽器もオーケストラも曲目も演奏された時代も異なるCDやレコード盤からすべて作り手の好みの音色が出るのなら再生ではなく創作だと思います。
そのような音色を手に入れるために作り手が邁進することは、より良い音楽や演奏を目指してきた音楽家を否定しているようにも感じるのです。

しかし有名オーディオメーカーから知る人ぞ知るオーディオ工房まで音色で勝負とばかりに音楽とはかけ離れた平面画のようなステレオサウンドを鳴らす機器を販売されています。
聴覚の持つ本来の働きを阻止するグラウンドノイズを無視したような音色だけのオーディオではやがて誰からも見向きもされないものになってしまうのではないでしょうか。

演奏空間のある音楽を空間無く再生して、その音色だけを愛でるのでは、熱々の餃子やお好み焼きをわざわざ冷ましてから美味しくないと呟きながら食べているようにも感じます。

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