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PA②

久しぶりのPAは、バンマスと思われるマルチリードプレイヤーの方からのフォールドバックのダメ出しから始まりました。
持って行った、無いよりはましレベルのフォールドバックを急遽2系統に分けましたが、事前に場内重視で、FBはいつも通りで良いとのアナウンスがあったのでちゃんとしたものを載せて来ていませんでした。
昔は不必要かと思っても色々な機材を載せていきましたが、体力的な事もありなるべく持っていかないようになっていました。機材の重さには近年泣かされています。
そんなときに限っていろいろな注文がきます。フォールドバックにこれこれを出すようにの指示は、AUXセンドから送れば事足りますが、EFXリターンからのリバーブはAUXセンドに出せないミクサーだったので、この音にはリバーブをかけて戻せとの指示はリターンを抜いてチャンネルラインに割り当てて再度AUXセンドから出しました。元々AUXセンドのひとつから出しているのでひとつ間違えてボリュームを上げたりすると無限増幅になってハウリングすると思います。
そういえばMCにリバーブはかけないようにしていましたが、僅かに言葉の切れたときに残響を感じます。ラインに割り当てたEFXフェーダーは∞なのに聴こえます。AUXセンドはかなり上がっていたので、送り出されていたのだと思います。
リバーブの電源を落とすと止まりました。やはりグラウンドには信号の影響があり、アースは零電位だというのは錯覚です。
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美術展巡り④

カラバッジョのことを知ったのはいつ頃だったのか忘れてしまいましたが、小生の思い浮かべる殺人を犯した者のイメージと絵筆を持ってキャンバスに別空間を表現できる画家が同一人物であることが重ならず、凄く驚いたことを覚えています。
天才と狂気は紙一重なのか、運命的な巡り合わせで事件に遭遇してしまったのかなどと考えてしまいます。
洗礼者ヨハネの横に展示されていた作品、蛇の聖母に描かれたマリアと幼いイエスの顔立ちが一般庶民のものであったために著しく評価が悪かったとの説明に絵画のあるべき姿にも思いを巡らせました。

退館後の妙なすがすがしさは絵画展特有のものです。小生演劇や音楽鑑賞では表現者の思いの強さにこころが乱されます。そのままではいけないなと言い訳を作って飲み屋の戸をくぐって帰るのですが、すがすがしくてもくぐってしまうのはただの依存症なのでしょうね。

美術展巡り③

欧州各国の高名な作品群もさることながら、特別出品された 蒔絵棚と日本の風俗を記した本邦初公開された画帳も印象的でした。明治天皇からオーストリア、ハンガリー二重帝国へ送られたものとの解説があったような気がします。日本の文化を表した画帳の様式文様に近いと思わせる絵の数々が印象にのこりました。
奥に配されていた洋画が光と空間を写実的に表現していたのに対して余白の中に記された文様のような日本の絵に感じ入るのは小生がやはり日本人だからなのかと考えていました。
もっとも美術展入り口に展示されていたため人だかりが凄くて、後回しにして最後に見たために印象に残ったのかもしれません。中間あたりの展示だった大きなエリザベートは???
しかしどちらの美術展の作品群も16~7世紀に描かれたものが多く宗教的テーマの説明的な道具から抜け出していない印象が強いことと美術文化を支えたのが富の収奪の結果であることを感じてしまいました。
作品のバックグラウンドまで感じる鑑賞がよいのか、そんなことを感じさせない作品の凄さを味わうのが良いのかと考える雑念の多い鑑賞者であります。

美術展巡り②

訪ねたのは、イタリア、ローマ市に在する「ボルケーゼ美術館展」とウイーン美術史美術館とブダペスト国立西洋美術館の所蔵品から、ハプスブルグ家ゆかりの絵画と工芸品を展覧した「THE.ハプスブルグ」です。共に所蔵品展ですが個々の画家の軌跡を辿る面白さではなくヨーロッパ絵画の流れと、名声を得た画家の作品の同世代からは抜きん出た存在感に感じるものが多くありました。
ボルゲーゼの方ではポスターに使われたラファエロの一角獣を抱く貴婦人ではなくカラバッジョの洗礼者ヨハネの暗さが印象的でした。晩年の頃の作品のようですが、作者の数奇な運命を顕すかのような闇のような暗さを感じましたし、ハプスブルクではヴァン.ダイクの作品に現代美術に連なる表現をどこかに感じました。
実はカラバッジョのことを洗礼者ヨハネを目にした時には、ルネッサンス後にその天才的な画力を持ちながらも人を殺めて逃げ続けて作品を残した画家の存在を忘れていました。華奢で美しく描かれた男に対してバックが暗すぎだなという印象だけを引きずって美術館を後にしています。

睡眠①

眠りについて考えました。
人に限らず動物達も眠ります。テレビ番組では魚も眠るように見た覚えがあります。
太古の昔から生き物は眠るようです。あるいは眠らない生き物は現在に種をつなげずに滅びたのでしょう。
眠らない生き物は眠る生き物を寝ている間に捕食出来ると考えると、肉食生物が生まれる以前に眠るということを獲得した事になります。
原生生物も眠るならこの地球に現れた生き物全てが逆に眠らない生き物を駆逐したことになると考えるのは二者択一的な発想でしょうか?

PA①

この間久しぶりにPAを頼まれ二条城に隣接するホテルに機材を積んでいきました。もう30年近く前にただのオーディオマニアだった小生にPAと収録の楽しさと、思い起こせば楽器の音色や技量ではなくモチベーションの高さこそが良い演奏をもたらすのだと教えてくれた方の依頼です。
氏はプロのジャズミュージシャンのPAと収録をスタジオ級の機材を揃えて楽しまれており、アマチュアながらプロ級のスチールギターの技量を持っておられ、ここ数年は自身のバンドのホテルでのPAを頼んでこられていたので、打ち合わせもなく乗り込みました。
この地では名の通っているジャズミュージシャンに、PA中に知ることになったのですがプロのシャンソンのミュージシャンもおられて、今日はバンドのPAなのだと思い始めていました。
バックバンドの音出しに始まり歌い手さんのフォールドバックの楽器レベルバランスと場内PAのイコライジングをとっていると、よくイベントでお見かけする方から場内PAはまとまってきたよとなりました。
歌い手さんが次々に入れ替わりでステージに立たれ、ようやく事態が飲み込めました。
ディナーショーの後にバンドをバックにお客さんが歌われることは何度かありましたが、カラオケならぬナマオケで歌の好きな方々が歌う会がメインのイベントは初めてでした。

美術展巡り①

ご挨拶

長年更新のなかったこのブログを再度アップする運びとなりました。よろしくお願いします。

年明け前後に当地、京都に来ている美術展を訪ねました。
小生下手絵を時折描いておりますので、ひとりの画家に焦点をあてた美術展には興味を惹かれることが多く所蔵品展のような百花繚乱の美術展にはあまり行きませんでした。
画家の名前を掲げる美術展では画家の辿った軌跡を追体験するような感じがします。
その画家がそれまで誰も成し得なかった表現に自分の絵を創り上げる過程を観賞することが好きなのです。所蔵品展ではそうして創り上げられて高名になってからの幾人もの作品群を収集して公開しているので、画家のその表現に至る過程が見えないのが小生には少し不満なのです。
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